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小説 『猫になりたかった女と犬になれなかった男』
木枯らし
「こら!あっちへ行け!!シッ!シッ!」(今日はちょっと飲みすぎたかも・・)「ポチー!」暗闇の中から聞こえてくる甲高い声。その声のする方に僕が振り返ると、髪の長い女の子がこちらへ向かって走ってくる。「こんなところまで来て・・ダメじゃない。早くおいで!」(ちょっと・・苦しい)女の子は、いきなり僕の首根っこをつかむと、思いっきり引っ張った。
季節も12月、街の影が忙しく(せわしく)動く中、そこ彼処のショーウィンドー越しには、樅の木と色とりどりの飾り付けが溢れている。(あの樅の木・・造花かな?)そんなことを思いながら、僕は何気なくビルの一角にあるショーウィンドーを覗き込んだ。(オルゴール?)目の前の棚に置かれた何色ものビーズで装飾された煌びやかな箱に、何故か僕の足が止まった。
その時、「あっ!いやぁ〜!!」突然の叫び声とともに僕の視界が遮られた。(いい香り)
「ごめんなさい。それ、私のスカーフ」その声と同時に視界が戻ると、眉毛を下げ、申しわけなさそうな顔をした女性の顔がショーウィンドーのガラスに映った。僕が振り返ると、「嫌な風・・突然吹くんだもの。ほんとにごめんなさい。」そう言うと、その女性(こ)は深々と頭を下げた後、僕の顔をまじまじと見つめた。切れ長の眼。でも、パッチリして可愛らしい。
まるで、三毛猫みたいな眼で。
サンタのプレゼント
僕はその眼に答えるかのように、ニンマリと微笑を返そうと・・
(ん?)彼女の焦点が合っていない。(どこを見てるの?)その視線を追っていくと、ショーウィンドーのあの箱を見ている。(僕を見てたんじゃないのか)
「わぁ〜!何々これ?すごぉ〜くキレイ〜!」そう言い残すと、その女性(こ)は僕を気にも留めずに店の中へ駆け込んでいった。
僕はちょっと慌てて、もう一度ショーウィンドーを覗き込むと、また彼女の眼が僕を見た。(いや違う。棚の箱を見ているんだ。あっ、箱を手に・・)
その後、箱を手にしたまま彼女が驚いた顔をして店の主人とレジの前で話をしている。それを見て、僕は何だかトンビに油揚げをさらわれたような気分になった。
そして、気がつくと僕は店から出てきた彼女の手に牽かれ、何故か並んで彼女と歩いていた。
まるで、仲のよいアベック同士のように。
二人の願い
「ごめん〜・・突然手を引っ張って驚いたぁ〜?」「あのお店、角の・・ご主人、サンタさんだって!」「えっ?サンタ〜?!」僕は目を見開いて、素っ頓狂な声をあげた。「でね。この箱・・二人にプレゼントだって」「二人に?」「そう。二人によ」彼女の言っている意味がよく理解できないでいる僕に、彼女はさらに喋り続けた。「ご主人の言うのには、『そこの屋外(そと)でボーっと突っ立ている彼と一緒に、この箱を持って急いでこの先の公園へ行きなさい。あなたの願いはそこで・・』って言うものだから・・さぁ!もっと速く歩いて!!」(“ボーっと”って、僕のことなの?)
いったい何がどうなっちゃってるんだ。ちょ・ちょっと〜。そんなに引っ張ったら手が・・
えっ?!の・伸びてる・・手・・・違った。僕のエンジ色のタートルセーターの袖がほつれて。
まるで、彼女と僕を結ぶ赤い糸のように。
イブの旋律(しらべ)
「えっ?!ほんとにいいの〜?」 「よろしいですよ。」「お金もいらないの〜?」「はい。あなたとあの方に差しあげます。」「あの方?」「そう。そこの屋外(そと)でボーっと突っ立ている彼・・彼と一緒に、この箱を持って急いでこの先の公園へ行きなさい。あなたの願いはそこで・・さぁ、急がないと乗り遅れますよ!」(の・り・お・く・れ・・?)
よく訳が分からないけれど・・私〜、もし叶うんだったら願いごとがあったんだぁ〜。急がなくちゃ!
私は夢中で彼の手を引っ張って・・えっ?!の・伸びてる・・手・・・毛糸?あっという間に彼、離れちゃった。(足、遅いぞ・・あっ、痛っ!)「ごめん。ぶつかっちゃった。でも、急に止まるもんだから。はっはっ・・君って足速いね。」そんな僕の息急く声が聞こえてないんだろうか。彼女は一点を見上げたまま呟いた。「あれって、トナカイ?」
その声につられて僕も見上げると、煌く星の彼方から七色のベルの重奏音を響かせ、金色のトナカイに曳かれた真珠色の橇(そり)が真っ白な雪を散らし、こちらへ向かって舞い降りて来た。
まるで、夜空に流れるすい星のように。
季節はずれの
「何見てるのぉ〜?!直(なお)!!」「さっきから、ずぅ〜っと口開けて空見上げて・・」「あっ?・・い・ま・・雪が・・・」「何言ってるのぉ〜!もうすぐ夏だよ!!」(でも・・冷たかった・・・僕の鼻先)そう呟いて、僕はうな垂れた。
「早く行こっ!急がないと、間に合わないよ同窓会!」「ぅ・・ん」僕の生半可な返事をよそに、未来(みき)は僕の手を引っ張った。
僕と未来は幼なじみ。小学校と中学校は同じクラスだったけれど、そのあと同じ高校に進んだものの、クラスは別々。今日は、梅雨の晴れ間の同窓会。アスファルトからの西日の照り返しが目に眩しい。
僕は、もう一度空を見上げた。空には、大きな大きな大きな飛行船が、ビルの谷間から見え隠れしている。その飛行船からは、垂れ幕が風に揺られてゆらゆらと・・【サンタ協会】。
〜つづく
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